Home > 200610
200610
考えている自分
- 2006-10-23 (Mon)
- Revelation
「あなたが想像しているあなた自身はあなたではないけれど、あなたが考えていることはあなたそのものだ」
とまあデール・カーネギーさん著の「道は開ける」に書かれていた一文(発言者は別の人)です。
想像している自分……というのは、何もいい方向ばかりじゃないですよね。例えば「自分はだめなやつ、何をやってもうまくいかない」のように負の方向に想像していることもある。こういう想像をしてしまうと、常に劣等感がつきまとい100%の力を発揮できなくなってしまう。そして力を発揮できなかった結果、また自分ができないと思い込みどんどん負の連鎖を生み出してしまう。だけど、本当にできていないのか客観的に見てみると、それが幻想のこともある。
私はまあ色々あったもので、この負の連鎖に飲み込まれることがしばしばあるのですが、ふと客観的に見て周りと相対的に比べてみると悪い、ということは実際ほとんどなかったりします。むしろ良い方が多いこともある。じゃあ何が自分を負の連鎖に追いこんでるのかというと、自分で想像した理想の自分だと思うんですよね。ある仕事があって、自分は大体それにどれぐらい時間がかかるかが概算できるけど、他人を見た場合見えるのはほとんどその人がその仕事を「できた」か「できない」かだけ。その人が実際にどれぐらい時間をかけたかはわからないのに、一面しか見えない場合とてつもなく簡単にできているように見えることもあります。で、自分で作り上げた理想の自分というのは私の場合全ての仕事を速く、しかも出来もよく片付けてしまう人なんですね(まあほとんどの人がそうだと思いますが)。この自分を常に自分が追いかけている。ある仕事をなんとか終えた時、こんな簡単な仕事をなんでもっと速く、出来がよく仕上げられないのか、自分はもっとうまくできるんじゃないのかって。でも、違うんですよね。それを仕上げたのが現時点の自分であり、そしてそれは虚像でも何でもない、現実の、本当の自分なんだって。理想は綺麗事ばかりで、そうなるための努力は考えないで結果だけを見てしまう。本当に自分の理想になりたいならば、自分が今やっている仕事から、何かを得てそれを糧にしていかなければならない。それを積み重ねた結果、理想に近づける。
理想の自分を想像するだけでは何も変わらないけれど、理想の自分が仕上げる出来の仕事、それをどのように達成されるものなのかを考えて、そして少しでもそれに近づけていく。いい仕事にすることを常に考えて、それをできる限り実行していけば自分でも気づかないうちに理想の自分になっているのではないのでしょうか。まあどうせその頃には別の理想の自分がいるんでしょうけど、それはまた新たな目標ってことで(笑)
とまあデール・カーネギーさん著の「道は開ける」に書かれていた一文(発言者は別の人)です。
想像している自分……というのは、何もいい方向ばかりじゃないですよね。例えば「自分はだめなやつ、何をやってもうまくいかない」のように負の方向に想像していることもある。こういう想像をしてしまうと、常に劣等感がつきまとい100%の力を発揮できなくなってしまう。そして力を発揮できなかった結果、また自分ができないと思い込みどんどん負の連鎖を生み出してしまう。だけど、本当にできていないのか客観的に見てみると、それが幻想のこともある。
私はまあ色々あったもので、この負の連鎖に飲み込まれることがしばしばあるのですが、ふと客観的に見て周りと相対的に比べてみると悪い、ということは実際ほとんどなかったりします。むしろ良い方が多いこともある。じゃあ何が自分を負の連鎖に追いこんでるのかというと、自分で想像した理想の自分だと思うんですよね。ある仕事があって、自分は大体それにどれぐらい時間がかかるかが概算できるけど、他人を見た場合見えるのはほとんどその人がその仕事を「できた」か「できない」かだけ。その人が実際にどれぐらい時間をかけたかはわからないのに、一面しか見えない場合とてつもなく簡単にできているように見えることもあります。で、自分で作り上げた理想の自分というのは私の場合全ての仕事を速く、しかも出来もよく片付けてしまう人なんですね(まあほとんどの人がそうだと思いますが)。この自分を常に自分が追いかけている。ある仕事をなんとか終えた時、こんな簡単な仕事をなんでもっと速く、出来がよく仕上げられないのか、自分はもっとうまくできるんじゃないのかって。でも、違うんですよね。それを仕上げたのが現時点の自分であり、そしてそれは虚像でも何でもない、現実の、本当の自分なんだって。理想は綺麗事ばかりで、そうなるための努力は考えないで結果だけを見てしまう。本当に自分の理想になりたいならば、自分が今やっている仕事から、何かを得てそれを糧にしていかなければならない。それを積み重ねた結果、理想に近づける。
理想の自分を想像するだけでは何も変わらないけれど、理想の自分が仕上げる出来の仕事、それをどのように達成されるものなのかを考えて、そして少しでもそれに近づけていく。いい仕事にすることを常に考えて、それをできる限り実行していけば自分でも気づかないうちに理想の自分になっているのではないのでしょうか。まあどうせその頃には別の理想の自分がいるんでしょうけど、それはまた新たな目標ってことで(笑)
雑学
- 2006-10-13 (Fri)
- SE
知識は人間を豊かにする。これは本当にそうだな、とひしひし感じる。学問もそうだけど、世間の出来事に精通してたり、また細かいどうでもいいようなことでも豊富に知っている人は面白い人に見える。
自分は残念なことに好奇心がまるで沸かず、死んだように過ごしていた時期が長くあったせいか、雑学という分野になると本当に知識が乏しい。また情報系のことも知らなきゃいけないんだが、やはり知らないことが多い。
日々新聞やニュースサイトなどで世の中の情報を集めることは大切だ。それが習慣になるうちに知識が蓄積されていき、またあるときにその知識が結びつき、貴方という人間を豊かにするだろう。
自分は残念なことに好奇心がまるで沸かず、死んだように過ごしていた時期が長くあったせいか、雑学という分野になると本当に知識が乏しい。また情報系のことも知らなきゃいけないんだが、やはり知らないことが多い。
日々新聞やニュースサイトなどで世の中の情報を集めることは大切だ。それが習慣になるうちに知識が蓄積されていき、またあるときにその知識が結びつき、貴方という人間を豊かにするだろう。
PSUアップデート
- 2006-10-12 (Thu)
- SE
予想はしてたものの、度重なるアップデート延期……しかも配信予定のものがなんか未定になってるし。
サーバー管理職ってのが神経擦り減る職っていうのはわかるけど、これはもうひどすぎる……本当にそろそろサービス終了しないか心配になってきた。
まあもうすでにシロカミは延期告知が出た時の祭りの方がゲームより楽しめるんですが(。ω・
サーバー管理職ってのが神経擦り減る職っていうのはわかるけど、これはもうひどすぎる……本当にそろそろサービス終了しないか心配になってきた。
まあもうすでにシロカミは延期告知が出た時の祭りの方がゲームより楽しめるんですが(。ω・
大学-ω-
- 2006-10-11 (Wed)
- SE
今日も大学、と。
最近大学でプログラミングをやってて思うのは、自分はプログラミングが苦手なのはアルゴリズムの部分なんだと思った。長い間脳みそを使ってない期間があったせいか、論理的に物事を考えるのがあまり定着していない。まあ徐々に鍛えていくとしよう。
最近は講義中は自分の中で少しゲームをしている。何をしているのかというと眠たくなるような講義でもとにかく集中して聴く。これだけ。自分が集中するとなかなか凄まじい力を発揮できるのは知っているが、いかんせんその極限の集中に至るまでが長すぎる。だから毎回これを意識してやることにより、どれだけ早く、深く集中できるかを試している。まあ集中する機会が多くなれば、その分集中することに慣れていくだろうしね。
集中に入るコツは掴んできたけど、まだ深さがたりない。いつでも必要なときに自分100%をだせるようにしたいね。
最近大学でプログラミングをやってて思うのは、自分はプログラミングが苦手なのはアルゴリズムの部分なんだと思った。長い間脳みそを使ってない期間があったせいか、論理的に物事を考えるのがあまり定着していない。まあ徐々に鍛えていくとしよう。
最近は講義中は自分の中で少しゲームをしている。何をしているのかというと眠たくなるような講義でもとにかく集中して聴く。これだけ。自分が集中するとなかなか凄まじい力を発揮できるのは知っているが、いかんせんその極限の集中に至るまでが長すぎる。だから毎回これを意識してやることにより、どれだけ早く、深く集中できるかを試している。まあ集中する機会が多くなれば、その分集中することに慣れていくだろうしね。
集中に入るコツは掴んできたけど、まだ深さがたりない。いつでも必要なときに自分100%をだせるようにしたいね。
砂時計
- 2006-10-10 (Tue)
- SE
朝目がさめるとやらないとと思うことは山ほどあるけど、僕らにできるのはそれを少しずつやっていくだけなんだ。一度に全てのことを進めることなんてできない。砂時計の落ちていく砂のように、少しずつ、一つずつ進めていくしかないんだ。
そしてそれが最善なんだ。
偶然今日図書室で尊敬する人に会って小話を聴いたけど、面白かった。新しい考えを定義する。人は少しの動作でたくさんのレスポンスを得られることに強い喜びを感じる。わかる人にはわかるだろうけど、某巨大掲示板やらyoutubeの動画でも同じような感覚があるだろう。自分は何かをアップロードして見ず知らずの誰かがそれを見て楽しむ、そしてその人達のコメントがレスポンスとして見える。私も一度経験したことがあるが、なんとも楽しいものである。
つまらないと感じる仕事は割り振られたものであるから。でも割り振られた仕事でも、自分が楽しめるものは別だ。自分を楽しませることが最大に重要であると。そうそう楽しめるものばかりではない、と言いたいところだけど、たとえネガティブなものでもポジティブに考えて楽しみに変換することはできる。すごい力だ。だけど、そんなに難しいことではない。
あの時の僕に足りなかったのは、そういう部分だったんだろうな。僕にはその時ポジティブに考えることができなかった。離れてみると、僕が投げた責任とか、まだそこに未練があったりすることがわかる。あの人達に会うたびに戻りたいとは思うけど、それは一時的な気持ちじゃないかと心配になる。戻りたいという気持ちと今の平穏が壊れるんじゃないかという気持ちで板ばさみだ。
前は強い僕にはできて弱い僕にはできなかったけど、今はどうだろう。弱い時の僕でも変換する力はあるのかな?
そしてそれが最善なんだ。
偶然今日図書室で尊敬する人に会って小話を聴いたけど、面白かった。新しい考えを定義する。人は少しの動作でたくさんのレスポンスを得られることに強い喜びを感じる。わかる人にはわかるだろうけど、某巨大掲示板やらyoutubeの動画でも同じような感覚があるだろう。自分は何かをアップロードして見ず知らずの誰かがそれを見て楽しむ、そしてその人達のコメントがレスポンスとして見える。私も一度経験したことがあるが、なんとも楽しいものである。
つまらないと感じる仕事は割り振られたものであるから。でも割り振られた仕事でも、自分が楽しめるものは別だ。自分を楽しませることが最大に重要であると。そうそう楽しめるものばかりではない、と言いたいところだけど、たとえネガティブなものでもポジティブに考えて楽しみに変換することはできる。すごい力だ。だけど、そんなに難しいことではない。
あの時の僕に足りなかったのは、そういう部分だったんだろうな。僕にはその時ポジティブに考えることができなかった。離れてみると、僕が投げた責任とか、まだそこに未練があったりすることがわかる。あの人達に会うたびに戻りたいとは思うけど、それは一時的な気持ちじゃないかと心配になる。戻りたいという気持ちと今の平穏が壊れるんじゃないかという気持ちで板ばさみだ。
前は強い僕にはできて弱い僕にはできなかったけど、今はどうだろう。弱い時の僕でも変換する力はあるのかな?
Home > 200610
